順位戦最終局の悲喜交々

第67期順位戦毎日新聞社朝日新聞社主催)は、先週C級2組とB級1組の、今週C級1組とB級2組の最終戦が行われ、全クラスの対局が終了した。昇級と降級を巡る争いは、また今年もドラマチックに展開されたのでした。以下は時系列で各クラスの模様を。


3月10日…C級2組11回戦〜まさかの逆転劇、長老の意地〜
10回戦を終えた段階では、8勝1敗で大平武洋五段(前期18位)が独走し、7勝2敗で田村康介六段(前期7位)、高崎一生四段(前期11位)ら8人が昇級を争う展開に。このうちまず田村六段が夕食休憩(18:10〜19:00)前に山本真也五段を下し、昇級一番乗り。次いで大平五段も及川拓馬四段を下し、C級1組への昇級を決めた。
一方、前局で佐藤和俊五段に敗れ、敗れれば降級=現役引退となる可能性があった現役最年長(73歳)の有吉道夫九段*1は高崎四段を下し、来年度も現役で指すことが決定。高崎四段はこの敗戦で昇級争いから脱落してしまったのだから、あまりに痛すぎる敗戦だった。
この結果、残り1枠となった昇級争いは7勝2敗の中村太地四段(前期16位)と戸辺誠四段(前期20位)の2人に絞られたが、深夜1時48分、千日手指し直しの末に中村四段が村中秀史四段(前期26位)に敗れ、伊奈祐介六段を下していた戸辺四段に幸運が舞い降りた。ちなみに、もし中村、戸辺の両者が敗れていたら村中四段が昇級昇段していたのだから、やはり順位と星の差は大きい。


降級点は藤原直哉六段(前期5位)、増田裕司五段(前期10位)、高田尚平六段(前期36位)ら8人に付き、3回目の降級点を取った高田六段がフリークラスへ降級となってしまった。また、木下浩一六段(前期28位)、田丸昇八段(前期35位)は10戦全敗での降級点(共に2回目)となってしまっただけに、巻き返しに期待したい。


3月13日…B級1組13回戦〜久保まさかの失速、40代の底力〜
開幕前は昇級の大本命という見方をされていたのが、前期A級から陥落した久保利明八段(順位1位)。実際10月10日に行われた折り返しの7回戦を終えた段階で5勝1敗(B級1組は定員13人のため、久保は8月1日に行われた4回戦が抜け番となっていた)と予想通り昇級戦線を引っ張っていた。その後8回戦、9回戦は連敗したものの、10回戦で渡辺明竜王を下し6勝3敗。1期でのA級復帰も見えてきたのだが、1月の11回戦で山崎隆之七段に敗れたのが微妙に久保の歯車を狂わせた。
2月5日の12回戦。自身が勝ち、6勝4敗の高橋道雄九段(前期3位)が敗れればA級復帰という優位に立っていたのだが、井上慶太八段(前期9位)に敗れ、高橋九段が北浜健介七段(前期8位)に勝ったことで後退(この1敗で3勝8敗となった北浜七段はB級2組へ降級)。一方この1勝で井上八段が実に11期ぶりとなるA級復帰を決めた。45歳でのA級復帰はまさに快挙。
そしてもう1人、40代の意地を見せたのが48歳の高橋九段。今期は連敗スタートという不安な立ち上がりも、その後順調に勝ち星を伸ばし、12回戦の勝ちで昇級圏へ浮上すると、最終戦ではA級復帰の可能性のあった行方尚史八段(順位2位)を下し、見事5期振りのA級復帰。来期はA級で谷川九段、井上八段と共に40代旋風を巻き起こせるか。
一方、久保八段はこのショックか、2月には朝日杯決勝で阿久津主税六段に敗れ、棋王戦五番勝負では初のタイトル獲得まであと1勝と迫りながら、その後連敗を喫して2勝2敗のタイスコアに持ち込まれてしまい、崖っぷちに追い込まれている。今期は最多対局、最多勝利数のタイトル1位を確実としているのだが…。
奮わなかったのが渡辺竜王竜王戦で奇跡の大逆転防衛劇を演じた男も、どういうわけかB級1組では星が伸びず、今期も7勝5敗。これでは棋界最高位の名前が泣くというものだ。来期こそは昇級戦線に割って入ってほしい。
また、残念ながら12回戦で降級が決まってしまった北浜七段は、最終13回戦で森下卓九段(前期10位)を下し、森下九段をB級2組へ道連れにした。JT日本シリーズでは2連覇を果たした森下九段だったが、中盤の4連敗が響いた。前期降級の危機に立たされた杉本昌隆七段(前期11位)は昇級争いを演じながら、12回戦で畠山鎮七段に敗れたのが響いて次点。この悔しさは来期に!


3月17日…C級1組11回戦〜幻の妙手がドラマを生む〜
C級1組は2月の10回戦で安用寺孝功五段(前期1位)が塚田泰明九段(前期13位)を下してB級2組への昇級を決め、残る1枠を8勝1敗の広瀬章人五段(前期6位)と、7勝2敗の窪田義行六段(前期3位)が争う、分かりやすい展開となった。
迎えた最終戦、広瀬五段は勝てば文句なし、という断然有利な状況に立っていたのだが、午前1時前、今期休場明けの宮田敦史五段に敗れ、8勝2敗に。この段階で窪田六段に自力昇級の目が灯ったのだが、この窪田六段の将棋が劇的な結末となった。



図は、後手の北島忠雄六段の△1九飛成の王手に、先手の窪田六段が▲2二玉と逃げたところ。実戦は以下△9二金▲7六馬△8七歩成▲2三歩成△6四金▲6七馬△5五金▲5七馬までで窪田六段が勝ち、逆転昇級を決めた。ところが、図では△8二銀と打っていれば、持将棋*2の可能性があった、というのが、とある場所で検討していた某棋士の結論。以下▲同竜△3一金(!)▲同玉に△6四角が王手竜取り。△8二銀に竜が逃げるのは△8五金から馬が取れるので、結局先手の大駒を取ることが出来る、というのが某棋士の結論で、これなら深夜2時過ぎに指し直しとなり、最終的な終局は明け方(!)になっていたかも知れなかった…*3


ちなみに、この妙手を発見したのは渡辺竜王の自宅で渡辺竜王、松本博文氏と桃太郎電鉄大会に興じていた戸辺誠新五段。もっとも、北島六段もこの時時間が切迫している状況下だったのだから、「指運」としか言い様が無い。


ちなみに、降級点は勝又清和六段、高野秀行五段、小倉久史七段、神崎健二七段、岡崎洋六段、上野裕和五段の6人に付き、2回目の降級点を取った小倉七段、岡崎六段、上野五段の3人がC級2組へ降級となった。


3月19日…B級2組10回戦〜土壇場の逆転劇〜
1月16日に行われた8回戦を終えた段階では、先崎学八段(前期6位)、今期B級2組へ上がってきた豊川孝弘六段(順位20位)が7勝1敗で並ぶ展開に。2月13日の9回戦の結果次第では両者の昇級が決まるかも知れず、注目された。
ところが、13日は思わぬ展開となる。豊川六段は中田宏樹八段を下したが、先崎八段は3番手で追っていた松尾歩七段(前期4位)に敗れ、自力昇級の可能性が消滅。変わって松尾七段が2番手に浮上する。
そして迎えた最終戦は昨日、東京と大阪の将棋会館で一斉に指され、豊川六段は阿久津六段と、松尾七段は青野照市九段と、先崎八段は南芳一九段とそれぞれ対戦。まず、日付が変わる5分前、松尾七段が勝って悲願の昇級決定。もともと実力は評価されていたので、来期は更なる飛躍を期待したい。
そして残る1枠は紙一重の差となった。まず日付変わって午前0時50分、一番手の豊川六段が阿久津六段に敗れる。この瞬間、豊川六段の自力昇級が消え、先崎八段に逆転昇級の目が出たのだが…。
そのわずか1分後、先崎八段が投了。運命は豊川六段に微笑んだ。最後の最後にこんな劇的なドラマが待っていようとは、誰が予想したか。だから順位戦は面白い。
一方の降級点は桐山清澄九段(前期9位)、森雞二九段(前期14位)、浦野真彦七段(前期17位)、加藤一二三九段(前期22位)に付き、浦野七段と加藤九段が2回目の降級点を取ってC級1組へ降級となってしまった。特に加藤九段の降級は驚きである。


なお、A級最終戦で突然中継担当から外された青葉記者こと松本博文氏だが、その後マイナビ女子オープン挑戦者決定戦の中継は銀杏記者と共にこなしたものの、予定されていた王将戦七番勝負第6局の中継担当を直前になって外されるなど(代役は凛記者が担当)、相変わらず日本将棋連盟の棋戦中継の仕事を外されている格好だ(LPSA主催の棋戦中継は行えているようだが)。連盟はこんなことをして何が楽しいのか分からん。

*1:前期39位。既に降級点を2回取っており、フリークラス宣言をしていない有吉九段は60歳定年という日本将棋連盟の規定に引っかかる

*2:日本将棋連盟公式HPの「よくあるご質問」によると、互いの玉が入玉(敵陣三段目以内)し、飛と角を5点、その他の駒を1点として計算し、両者共に24点分確保していれば持将棋となり、先後を入れ替えて指し直しとなる

*3:ちなみに、2004年に行われた第63期順位戦B級1組の中川大輔七段−行方尚史七段戦は午前10時に対局が始まり、千日手持将棋と2度の指し直しの末、翌日午前9時15分(!)に終局(結果は行方勝ち)、今期順位戦A級の佐藤康光棋王木村一基八段戦は、持将棋指し直しの末、翌日午前6時17分に終局(結果は木村勝ち)という記録がある